
2026年1月19日
求められて、最近のビルマ語文学についてまとめる機会を得た。拙著『ビルマ文学の風景』で扱ったのは、「民政移管」期の2020年までだ。21年2月の違法な政権簒奪後は、SNSで新刊紹介や書評をチェックしては、ヤンゴンから本を取り寄せて(ミャンマー便り24年3月28日参照)きた。今回は、長編17点、短編36点、短編集1点に目を通せた。文学動向はくだんの論稿に譲るとして、そこに書かなかったことに言及しておきたい。
この5年、ガソリンからインスタント麺まで、物価が高騰中だ。2020年3月、最後の訪緬時に飲んだ煮出し紅茶は一杯500チャット。今は3500チャット(1チャットは現在0.075円)だという。それに比べれば、書籍の値上げ幅は少ない。2020年発行の長編(184頁)は3000チャット、発行部数は1000部だった。25年発行の長編(162頁)は12000チャット、発行部数は700部だ。とはいえ、金があれば、本よりまず生活必需品を買うはずだ。だから、本は売れない。そんな中でも、もの書く人びとが後を絶たないのは驚異だ。
作家M4(44歳)は、この5年間堅実に作品を発表してきた。いま戦闘が波及しつつあるバゴウ地域の生まれだ。高卒後地元の図書館に勤務し、23歳で短編デビューした。26歳で船員になっても書き続け、2019年の2冊目の長編『漁をする人』で国民文学賞を受賞した。現在は、故郷で執筆の傍ら文学関連の活動をしている。外国船での過酷な労働現場を描くことに定評があるが、日常を丹念に掬い取る作品も多い。
2025年5月発行の『コーヒー短編集』(173頁10000チャット500部)に収録された「木を植える人」が興味深い。作者は、傍観者の語り手に語らせる。毎春2月、冷たい飲み物屋が開店し、地元の憩いの場となる。大きな葉で木陰を提供するのは、2本のモモタマナだ。店主の友人が10年前に植えた。造園を生業とするわけでもないその男は、それ以来姿を見せない。より暑い地域へ旅に出て、木を植えて回っているという。「2月」や「春」という言葉は、「春革命」の名で知られる21年2月の事件を想起させる。猛暑の中で植樹する男の姿は、献身的に抵抗の種を撒く春革命家たちを彷彿とさせる。10年という歳月は、革命が成就するに必要な期間を意味するのか。読者のイメージを限りなく膨らませる作品だ。
M4に確認したら、同書収録作品16編のうち1編を除くすべてが21年以降に執筆されている。彼は23年5月創刊の文芸誌『ウダンティッ(新たな歓声)』(便り24年3月28日)の常連執筆者だった。24年6月以来の同誌の休刊も、売れ行き不振による。彼はいま、小説からエッセイに軸足を移しつつある。「エッセイの方が読者も作者も心安らかになれるんです」という。虚構を超える凄惨な現実が多すぎる。安らぎは必要だろうけれど。
悪名高き検閲は2012年に廃止されたが、作家たちの筆は慎重かつ周到だ。かつて出版物に割かれた監視の眼は、今SNSに集中している。SNSがらみを含む「選挙妨害」罪の逮捕者(便り25年11月21日)は、11月19日に100名だったが、1月7日には336名に上った。さらに、米のベネズエラ攻撃に意を得た市民の投稿も増え、逮捕者も出ている。1月13日には、23年に釈放された元政治囚が「国軍」総司令官逮捕を投稿で求め、拘束された。
いかさま選挙は12月28日と1月11日の割り当て地域での投票を終え、あとは1月25日を残すのみだ。棄権すれば「罰金を科す」「出国できなくする」「徴兵する」「放火する」などと脅しがかけられ、当日は行政責任者が各戸を回った地域もある。白票は認められない。空爆は止まず、若者拉致は続き、戦闘も激化中だ。NUG(国民統一政府)発表の2025年の「国軍」死者は5699名、市民団体発表の投降者数は2578名。この血塗られた選挙で「国軍」系政党が「圧勝」すると、4月には屍の上にいかさま新政府が発足するという筋書きだ。
南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。