2024年7月31日
「クーデター」から3年半余、未曽有の試練に耐える市民たちに寄り添う我々への思わぬ賜物のひとつは、革命的ビルマ語映画の登場だ。昨年は5月に短編7本(便り23年6月1日参照)、8月に短編10本(同9月4日参照)、10月にミュージカル長編(同11月1日参照)、今年5月にはドキュメンタリー長編(同24年5月21日参照)を、大阪に居ながらにして鑑賞できた。いずれもビルマ語映画史上に残る斬新作だった。そして今月14日、さらに大きなスケールの『Lose and Hope』(2024年John Meia監督3時間)が上映された。
同作は、カレンニー(カヤー)州を舞台に、KNDF(カレンニー諸民族防衛隊)が、都市から逃れてきたPDF(人民防衛隊)の個性豊かな若者たちに厳しい訓練を施して、有能な戦士に育て上げ、激戦の中で犠牲を出しつつ「国軍」基地を制圧するまでをたどる。このオーソドックスな手法の革命ドラマに色彩を添えるのは、山深い同州の壮大な風景や、民族の伝統的風俗習慣や、KNDF指揮官とヤンゴンから来た女性看護師との間に芽生えるほのかな愛などだ。
独立系メディアの報道で連日見聞しているとはいえ、スクリーン越しに展開する戦場の地獄は、ドキュメンタリーかと見紛うほど迫真的だ。煙草をくゆらす「国軍」指揮官が笑いながら焼き討ちを指示する、部下の兵士が住民虐殺後身体の一部を切断する、レイプをスマホで撮影する、被害者の子供や夫が駆け寄ると射殺する、捕虜にした少年僧をレイプし、PDFの若者を斬首して遺骸に放尿するなど、目を覆いたくなる光景の数々が迫ってくる。
訓練中の若者たちにKNDF指揮官が、「この土地を愛するか」と問い、その証として地面に腹這う若者の頭を押さえて土を食べさせる場面や、最後の戦闘で防空壕に飛び込んだ指揮官が、先客である「国軍」兵士に同じ人間として煙草をすすめ、自身は深い傷がもとで死にゆく姿も印象深い。映画は、2024年2月1日の指揮官最後の日記を女性看護師が読む場面で閉じられる。制作者は、少数民族武装勢力とビルマ族中心のPDFとの共闘における喪失と希望を通して、軍事独裁打倒と真の連邦国家建設の理想を力強く訴える。
現役兵士や住民が多数出演し、挿入される記録映像に空中や地上からの撮影映像が巧みに溶け込み、大作と呼ぶにふさわしい作品に仕上がった。それは現在、日本はじめ各国で上映され、感動の渦が各地を駆け巡っている。
カレンニー州の面積は国内の州の中で最小の1.2万平方キロ、人口は16万。南にカレン州、北にシャン州、東はタイと国境を接する。独立以前から抵抗の歴史があり、2021年2月のクーデターという名の政権簒奪事件を受けて結成されたKNDFは、多数の不服従市民を受け入れている。依然として空爆が続き、州都ロイコーでも激戦が続く中で、このような大作まで制作した彼らは只者ではあるまい。
雨季の7月はただでさえ多難な月である。北端のカチン州では6月末から大雨が続き、河が氾濫した。州都ミッチーナーでは幹線道路で土砂崩れが起こり、道路が寸断された。7月中旬で水害被災者は3万にのぼった。月末が近づくとともに、中南部バゴウ地域やエーヤーワディー地域でも浸水が相次ぎ、カレン州にも水害が生じた。逆に乾燥地帯の中部マンダレー市は水不足に陥っている。またヤンゴンでは、中旬に下痢患者が多数発生した。独立系メディアは3日間で167名のコレラ患者が入院したと報じた。「国軍」系の報道はない。
さらに7月7日は、1962年の「国軍」クーデター後ヤンゴン大学生が多数虐殺された日だ。解放区を中心に記念集会が催された。19日は、1947年にアウンサンら7名の行政参事会閣僚が暗殺されて77回目の「殉難者の日」だった。各地のPDFが式典を挙行し、多くの革命勢力がNUG(国民統一政府)に挨拶を送った。ヤンゴンでは随所に追悼の言葉が貼られ、暗殺時刻には車が一斉に停車してクラクションを鳴らした。23日は、4名の政治囚処刑(便り22年8月2日参照)2周年だった。SNSに追悼の投稿が溢れ、ヤンゴン駅近くに「世界が存在する限り孔雀の声は砕けない」との垂れ幕が下がり、在ヤンゴン・アメリカ大使館は、「彼らを忘れてはならない」との声明を発表した。
一方6月25日に始まった革命勢力の軍事攻勢は、1027作戦(便り23年11月20日参照)第二弾と呼ばれるに至る。チン州では6日にマトゥピー市が、シャン州では10日にナウンチョウ市と25日にモウメイ市が、マンダレー地域では18日にスィングー市と22日にモウゴウ市が革命勢力の制圧下に入った。とりわけ、モウゴウ市民が革命勢力を歓迎して狂喜する様はSNSを賑わせた。避難民は一説に630万を超え、いましばし多事多難は続く。
南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。