『道』

2023年11月1日

 今年5月、オンラインニュース「The Irrawaddy」は、初のビルマ語ミュージカル映画『道』(110分iPhone13で撮影)が三つの映画賞を7部門で受賞したと報じた。『道』はいまも各国で上映中だ。大阪では10月7日、800名の観衆が中之島公会堂を感動の渦で包んだ。
 今まで鑑賞した短編ドラマやドキュメンタリーは、厳酷に過ぎる現実で我々を圧倒した。一転して『道』はファンタジー的だ。時代や場所の明示もない。20名ばかりの登場人物も、迫害を逃れた殉教者さながら、シンプルな白シャツと黒パンツ姿だ。「姉さん」の指導のもと密林で共同生活する彼らは、全員が健康な青年壮年男女だ。老人や幼児の姿はない。その頬にはタナッカー(ナガエミカンの樹皮や根に水少々を加えてすりおろした化粧液)に似た白い筋がある。極度の怒りや悲しみや恐怖に駆られると、そこに赤い筋が加わる。夜毎彼らは大木の根元に蝋燭をともし、過去に落命した多数の英雄や先祖を思って、平和と鎮魂をうたう。彼らは宗教や肌の色による差別を忌み、争いは悪魔の付け入る隙を招くからと、愛や団結を尊ぶ。家屋建設や鍛錬に勤しみ、この地に「勝利の旗」を掲げることを目指す。ときおり、空にかすかな、爆撃音にも似た轟きが走ると、その表情は曇る。
 彼らの日常は二つの事件で破られる。まず、地続きの「危険地帯」から孤児が迷い込む。よそ者を疎む一同を「姉さん」が諌め、孤児を受け入れる。次に、男性の一人が過去の罪を告白する。「危険地帯」の村で「軍」に家を焼かれ、妻が焼死した後、彼は赤ん坊を連れて逃げたが、途中子を棄てる。親子の証に、焼き印を子に押して。次の日彼は隠し持っていた焼き印を手に、子探しの旅に出る。その直後一同は、孤児の身体に焼き印の跡を発見する。孤児と男の関係を確かめるすべもないまま、彼らは大木の根元で祈る。やがて、古びた帆船を背景にテロップが現れ、せせらぎや鳥のさえずりに伝統とモダンの融合した旋律が重なり、「自ら選んだ道・自ら歩みゆく道・何ら言い訳は不要」と、歌声が反復される。
 『道』は、「危険地帯」と地続きの分断社会で、夥しい死者の魂と過去のトラウマを抱えてなお理想に向かってまい進する「偶然の家族」の物語だ。1948年の内戦ぼっ発以来、ビルマ非合法地帯の住民は、民族・宗教・イデオロギーに囚われて大同団結の機を逸した。一方合法政界も離合集散を重ねた。これらは「国軍」に長期支配の口実を与えた。『道』は、分断を超え真の連邦国家建設の道を歩むビルマ不服従の民へのエールにほかならない。
 監督のリンリン(40歳)は、マンダレーの鉄道労働者の息子だ。高卒後ヤンゴンに出て、職を転々としながら音楽活動に励み、シンガー・ソングライターとなった。300曲を歌手たちに提供し、2008年から20年までの間に5点のアルバムを出した。ロック・アイドルだった2012年、彼は音楽活動を休んでアウンサンスーチーの警護を3年間務めた。2021年2月の「国軍」と言う名の利権的暴力集団の政権簒奪後、指名手配された彼はタイに逃れた。2022年に短編ドラマを制作してから、彼は亡命仲間をアマチュア俳優に起用して『道』を撮った。「姉さん」役は、その妻で歌手・俳優・医師のチットゥウェー(39歳)が演じた。
 さて、雨季も終わりに近づいた10月9日、ヤンゴンから2時間のバゴウが洪水に見舞われた。感染症拡大が懸念される折しも、北部カチン州の避難民居住地域で同夜「爆発」が起き、子ども10名を含む29名が死亡した。暴力集団報道官は、KIA(カチン独立軍)武器庫の爆薬材料が爆発したと述べた。KIAは武器庫の存在を否定した。13日、アムネスティ・インターナショナルも暴力集団の無誘導爆弾が使用されたと発表し、近くの暴力集団基地から迫撃砲が撃ち込まれたとの目撃情報も紹介した。周辺ではKIAと暴力集団の戦闘も続く。追い詰められた暴力集団が、またもや戦争犯罪を重ねたのだった。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。