不滅のダイアリーズ

2023年9月4日

 映画「ミャンマー・ダイアリーズ」(2022年オランダ・ミャンマー・ノルウェー70分)が、日本列島の猛暑の8月を駆け抜けた。2022年2月の第72回ベルリン国際映画祭パノラマ部門受賞作でもある。
 2021年2月の国軍という名の利権的暴力集団の政権簒奪の数日後、20代後半から30代前半の映像作家10名が集まった。自己や周辺の人びとの体験をもとに、1作家1短編のオムニバスを作ろうと考えた彼らは、匿名映画作家集団「ミャンマー・フィルム・コレクティブ」を名乗り、オランダ人プロデューサーの協力を得て、製作に入った。互いに出演し合い、カメラを回し合って協力し合うほか、20名近い協力者が動いた。
 2月に撮影を始めたが、3月からカメラを回すことも危険になり、5月ごろに撮影は不可能となった。撮ったものを編集して少しずつ海外のプロデューサーに送り、8月に最後のパートをジャングルで撮影した。その合間に、彼らはフェイスブックの市民投稿画像を収集して、作品に取り込んでいった。映画は10月に完成した。
 10編のうち6編は引き裂かれた愛の物語だ。「蝶」と「魂」を意味するビルマ語は同じ綴りだが、デモで死んだ女性が蝶となりパートナーの肩に止まる「蝶になりたい」、別れ話をする猫好きカップルの「最後の電話」、デモで死んだパートナーのために祈り、その下着を燃やし、室内を掃き清めた男性が、路上駐車の車内で三本指をテープで縛って排ガス自殺する「神に祈る男」、十代女性が妊娠を告白する寸前、恋人はジャングルに出発する「妊娠」、パートナーを殺され、後追い自殺に逸る心を抑えてジャングルに入る女性医師の「聞こえますか?」「そして密林へ」など。ヤンゴンらしき都会の集合住宅を中心に展開する。
 そのほか、CDM(公務員の不服従運動)参加をためらう男が、自死への誘惑も克服して、息子の将来のために運動に参加する「ある公務員」、テレビの前の居眠り男が近所の住民の鍋叩きに目覚めて鍋を手に取ると、部屋に侵入していた女の影が退散する「亡霊」、ヤンゴンから手荷物一つでバンコクに脱出した破産女性が平和な過去を回想する「タイのホテルから」、ジャングルで武装訓練に余念のない男女群像「兵士たち」などがある。
 製作のルールのひとつはキャストの顔を撮影しないことだった。人物は後ろ姿や首から下しか映されず、顔もマスクや帽子で隠される。これら10編は、作家と同世代・同階層の男女の日々を活写して、報道が語り尽くせない個の営為を綴った。そこに、様々な年代や階層の市民の闘いと慟哭を撮影したフェイスブック画面が挿入されたことで、「個の物語」は2021年2月から8月の7か月間の市民の集合意識のタペストリーに織り上げられた。
 匿名作家の一人は、「今、独裁者たちは弱体化していて、私たちはこの状況が近く終わることを信じています。この話をシェアしてください。私たちの声を聞いてください。様々な方法で私たちを助けてください」と述べる。この映画の興行収入から劇場側への配分と配給宣伝経費を抜いた収益の全額は、避難民への支援金となる。
 さて、7月末のアウンサンスーチーの刑務所からの移送は、実施されなかった模様だ。8月2日に発表された恩赦で彼女は6年減刑されたが、移送についての言及はなかった。8月31日のRFA(Radio Free Asia)は、彼女が所在不明になっていると報じた。
 彼女の政権下では現在のような停電も電力不足もなかったと、5月にフェイスブックに投稿して逮捕されたヒップホップ歌手ビューハ―(38歳)は、8月23日に懲役20年の判決を受けた。同様に、5月にフェイスブックで「国軍」と闘うよう促して逮捕された32歳の軍医(大尉)は、軍事法廷で死刑判決を受けたと8月25日に某メディアが報じた。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。