アーバン・ゲリラ

2023年6月1日

 猛暑が続いた。4月の水祭の放水が雨雲を呼び、雨粒で花開く筈のバダウの蕾も固い。花を開かせたのはサイクロン・モウカーだった。5月12日、亡き詩人Lの妻が黄金色のたわわな花の枝の写真を送ってきた。13日14日、西部ラカイン州を北上したモウカーは、無数の家屋をなぎ倒した。ロヒンギャ・ムスリム居住地も大被害を被った。14日、国軍という名の利権的暴力集団は死者を3名と報じ、NUG(国民統一政府)は435名と報じた。モウカーはチン州やマグエー地域にも爪痕を残した。フェイスブックには連日被災地の写真が溢れた。その期間も暴力集団の焼き討ちは止まらなかった。ザガイン地域キンウー郡の住民は、モウカーが去っても避難先から帰宅できないでいる。
 折しも、日本各地でミャンマー・スプリング・フィルム・フェスティバルが開催中だった。13日14日、大阪で短編7本が各日2回上映された。うち5本はタイに隣接するカレン州ドーナ山地が舞台だ。冒頭には2021年2月の暴力集団の違法な政権簒奪と非道な弾圧、国民の抗議行動など、いわゆる「春革命」の発端となる事件の報道映像が流れる。続いて、自衛のために武器を取ったPDF(人民防衛隊)の若者たちの生と死の物語が展開する。
 「偲ぶ」(1時間)では、21年7月8月、爆発物取り扱い部隊の講習開始から出撃後3名が戦死するまでが回想される。気分にむらがあった詩人が敵をおびき寄せ、英語で歌う「民衆の歌」が圧巻だ。プロ・アマ混合キャストのうち2名が、撮影後に殉職した。「ザ・リターン・オブ・セイビアー」(50分)は、有名なビルマ語詩の登場人物で村を救って死んだ若者の姿を、一隊員に重ねる。規律の緩んだ敵基地を攻撃した部隊は、その隊員を失うも勝利する。「存在」(25分)は、銃弾が尽き無線機も壊れ、敵に包囲された塹壕の中の二人の友情と最期を克明にたどる。砲撃炸裂音とバイオリン曲を背景に回想を織り交ぜ、「僕らが存在したということを忘れないで。みんなが忘れたら、僕らはただの反逆者になってしまう」と訴える。「報酬」(20分)では、恋人との関係が壊れた隊員が上官に悩みを打ち明け、戦死していく。失恋した若者たちが出撃前夜ギターで歌う姿が切ない。
 事実を脚色したこれら4本は男子の物語だが、「不滅の薔薇」(20分)は19歳女子が生活と意見を語るドキュメンタリーだ。彼女はキーボード・ファイターや非暴力運動に限界を感じ、21年9月にジャングルに入り、22年2月に戦場に出た。一足先に戦場に出た姉の死を語る瞬間、悲しみで表情が崩れる。「僕たちのこれから」(30分)では、CDM(市民的不服従運動)参加男性医師が、解放区で医療と教育に従事する。暴力集団の焼き討ちで息子を亡くした女性は心を患い、正気に戻ると自ら命を絶つ。彼女は医師の夜ごとの夢に現れ、紅蓮の炎を前に舞い踊る。片足を失った元サッカー選手は医師の友となるが、過去の栄光の記憶が断ち切れない。ラストは童詩を朗唱する子供たちの元気な声が流れ、希望を暗示する。
 「アーバン・ゲリラ」(40分)は特殊任務を帯びた若者の物語だ。カメラは、「私は密告者ではない」と叫ぶ人物が射殺される現場をレースカーテン越しにとらえた後、スニーカーにジーンズにリュック姿で森を行く若い男女を映す。3か月後、その女性がズーム・インタビューで語るのは、ヤンゴンで任務遂行後、逃亡生活中に男性同志が暴力集団兵士の子供を救おうとして死んだ顛末だ。カメラは同志の子を宿す彼女の腹部にも迫る。「私たちは人間の心を持つ反逆者です。これが最後の戦争です」と、彼女は硬い表情で結ぶ。UG(アーバン・ゲリラ)の「活躍」は公然の秘密だが、この時点での映画化には舌を巻くほかない。
「春革命」へのオマージュ・7本の珠玉は、モウカーに負けじと世界を駆ける。各国での上映収益は義援金となる。一方暴力集団は国連機関の現地支援活動にも難色を示している。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。