兵士の妻

2023年1月1日

 ブレヒト(1898-1956)作詞ワイル(1900-50)作曲のソング「兵士の妻は何をもらった」(1943)で、兵士の妻はプラハからハイヒール、オスロから毛皮の襟巻、アムステルダムから帽子、ベルギーからシルクのレースなどの土産をもらうが、最後はロシアから葬儀用ヴェールが届く。ナチス兵士らしき夫が、欧州各地に侵攻後ロシアで戦死したことが暗示される。これらの土産は夫が購入したものか。それとも略奪品だったのか。気になるところだ。
 ミャンマー「国軍」という名の利権的暴力集団は、住民逃亡後の家屋で略奪の限りを尽くしてから焼き討ちに入る。チン州で大規模な焼き討ちがあった2021年秋、積み荷のない軍用トラックがチン丘陵を登り、家財道具や生活用品を満載して下山する風刺漫画を見かけた。略奪品は妻子への土産になったのだろうか。なにしろ兵卒は貧しい。給料が3か月遅配したことから、PDF(人民防衛隊)に投降した兵士の話も聞く。
 兵士の妻たちにも過酷な現実が待つ。戦死者が多数に上る。その補充のため、訓練を受けて実戦に加わる妻たちもいる。戦死者の中には女性兵士の遺骸も見られるという。一方夫が戦死すると、部隊内の独身兵士がくじを引き、夫の後釜に据えられる慣例がある。最近の風刺漫画でも兵士たちのくじ引き光景を目にした。また、兵士とその家族は基地内に居住する。兵士の妻は上官の妻の命令に服従し、上官宅の家事手伝いもする。解放区に脱出した妻の手記を読むと、母が危篤で帰省を願い出たが、上官の妻が許さず、講習帰りの夫と示し合わせ、隙を見て脱出した経緯がサスペンス劇さながらに綴られていた。
 ところで昨年11月、亡き詩人Lの長女が来日した。コロナ禍で延期になっていた日本での就労が実現したのだ。早朝関空に出かけて、彼女が運んでくれた書籍を受け取った。その中に作家M2(65歳)の長編と短編集が入っていた。長編は2020年度国民文学賞受賞作で、Lに注文していたものだ。短編集は2013年発行だ。サイン入りだが日付はない。2020年3月のわたしの最後の訪問以降に、Lが受け取ったものと思われる。
 M2は女性の視点で作品を書いてきた。2001年にわたしは21名の女性作家の邦訳短編集を出し、彼女の作品も収めた。そこでは、地方のゴルフ場でキャディーをする少女の視点で、同僚が客の子供を堕胎し、感染症で命を落とす顛末が描かれた。客は地方に単身赴任中の「官吏」だった。「官吏」は高級軍人を意味するのだと、彼女は語った。2006年に作家Kがその短編集のビルマ語版を出版したが、検閲でM2の作品を含む2編がはねられた。彼女が当時ビルマ軍高官の妻であったことが、その理由らしい。
 長編は、夫の任地であるシャン州に同行した2000年ごろに着想を得たと、M2がその序で述べる。そういえばそのころ、わたしはLの車でヤンゴンを750キロ北上し、シャン州の町ラーショウまで足を伸ばした。彼女と出版の覚書を交わすことも目的のひとつだった。しかし彼女がラーショウまで南下できず、外人のわたしはラーショウから北上できず、対面はかなわなかった。後日ヤンゴンの彼女の実家で再会できたのだった。今どうしているだろう。文学愛好家だという夫は、無事定年を迎えて退職できただろうか。知りたいけれど、軽はずみな接触は慎まねばならない。
 焼き討ちも空爆もいまや常態化している。キリスト教徒の多いチン州にとどまらず、仏教徒居住地でも惨状が広がる。仏教寺院もキリスト教会もお構いなしだ。地上戦でPDFや少数民族軍に押され気味の暴力集団は、空爆にも頼りながら村を襲い、逃げ遅れた人々を惨殺する。国連難民高等弁務官事務所は、12月19日現在の国内避難民を150万と発表した。
 同じ12月、国連安保理は暴力集団に対して、暴力行為の停止と政治囚の釈放を求めた。ロシア、中国、インドは拒否権を発動せず棄権した。一方アセアンでは、タイが暴力集団外相を招いた非公式外相会議に、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジアだけが出席した。そしてアメリカでは、NUG(国民統一政府)支援を明記した「ビルマ法」が成立した。そこには少数民族軍やPDFへの武器以外の支援、市民団体への支援、暴力集団を通さない人道支援、暴力集団への制裁などが盛り込まれる。おびただしい犠牲の上に国際包囲網がじわりと動き出した。この2月1日、利権的暴力集団政権簒奪事件は3年目を迎える。
 気になるのは日本の態度だ。空爆に参加した将校の一人は防衛大学留学経験者だ。防衛大臣は、受け入れ理由を「民主主義、文民統制の在り方を理解してもらうため」などと、昨年4月に国会答弁した。新規受け入れは中止したが、まだ10名が訓練中だ。税金が殺人者育成に使われてはたまらない。どこの国に大量殺戮の片棒を担ぎたい民がいるだろうか。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。