さらば恋人よ

2022年12月1日

 「国連人権デー(12月10日)」が近い。それに合わせ1998年から「人権ライブ」を実施してきた。コロナ禍で一度抜けたが、今年で早や24回目だ。近年はソングとビルマ語詩の朗読とトークで構成する。今回も16曲中3曲が、採譜やアレンジに手間取るビルマ語ソングだ。その1曲がビルマ語版「ベラ・チャオ(さらば恋人よ)」である。
 原曲は有名なイタリアのパルチザン賛歌だ。YouTubeでは大歌手ミルバが歌い、会場総立ちで合唱する映像も流れる。日本にそのような抵抗歌が存在するだろうか?同じファシズム国家という過去を抱えながら、イタリア市民の抵抗の歴史への誇りは生半可ではない。
 イタリアでは1943年7月の連合軍シチリア島上陸作戦後、クーデターでムッソリーニが失脚した。新政権は連合軍との休戦を表明したが、ドイツ軍が全土を占領してムッソリーニを救出し、傀儡政権を樹立した。超党派の全国解放委員会(ANPI)が密かに結成され、30万の市民がパルチザンとして戦った。そのうち43年9月から45年4月までに1070名余が戦死し、2800名余が逮捕・処刑されたという。
 パルチザンと恋人の別れを歌う「ベラ・チャオ」の日本語歌詞は、原曲の歌詞にほぼ忠実だ。しかし、ビルマ語歌詞はそれらと似ても似つかない。こんなふうだ。「世界を揺るがす/この革命的ひとこと/ベラ・チャオ/この人々は目覚めてしまった/抑圧の対極で」「おお支配者の玉座が揺らぐ/人が人を搾取する体制は/崩壊のときが来た」「おお最愛の人よ/甘美な我らの愛で/監獄を開け放とう」「新しい世界の/新しい胸の高鳴りは/人間であることの/存分な意味は/我らの革命でしか獲得できない」
 ビルマ語版「ベラ・チャオ」は、パンク・バンドThe Rebel Riotによって2021年秋にヤンゴンのスタジオで密かに録音された。彼らは、国軍という名の利権的暴力集団の政権簒奪から10日後の2月11日に、ヤンゴンで展開するデモを背景に撮影したミュージックビデオ「One Day」をYouTubeに投稿した。そして8月に4枚目のアルバム『One Day』をリリースした。12月には「ベラ・チャオ」をボーナストラックとして収めた日本盤も発売された。すでに中国盤とブラジル盤がリリースされ、今年ヨーロッパ盤も出た。全14曲は、空爆や銃撃を思わせる激しいサウンドの中を声帯も潰れんばかりの咆哮が飛び交う。
 The Rebel Riotの結成は、僧侶や市民のデモが弾圧された2007年の「サフラン革命」がきっかけだった。2011年の民政移管後は海外ライブにも出かけた。そして2013年から「Food not Bombs」をスローガンに、ヤンゴンを中心としてホームレスや貧困層に食料や衣類を配布する活動も始めた。現在も亡命せず国内にとどまり、活動を続けている。
 さて、11月17日は国民の祝日「民族の日」だった。それは、英領下の1920年の第一次ヤンゴン大学学生ストを記念して制定された。この市民的抵抗記念日に、利権的暴力集団は「恩赦」を実施した。釈放された5774名中政治犯は772名。その中には、アウンサンスーチーの経済顧問でオーストラリア人のショーン・ターネル氏、元英国大使ビッキー・ボウマンと画家テインリン夫妻(ミャンマー便り9月5日参照)、日本人映像ジャーナリスト久保田徹氏、米国国籍の農業研究者チョーテーウー氏なども含まれる。
 水面下で様々な動きもあったようだが、これを暴力集団の「功徳」と見る向きはまずあるまい。フェイスブックには、網を隠し持って魚を池に放す軍人の漫画も登場した。同じ日、彼らは中部の村を焼き払い、カチン州でも病院にロケット弾を撃ち込んだ。ヤンゴンのインセイン刑務所前で釈放を待つ人々を撮影した市民も逮捕された。翌18日には、記者会見で質問した暴力集団系メディアの記者2名が逮捕された。うち一人はアウンサンスーチーの釈放はまだかと問う際、彼女のことを国民多数に倣い「スーお母さん」と呼んだ。それが逮捕理由だという。昨年2月以降逮捕されたメディア関係者は143名。うち48名が拘束中だ。なお政治囚協会によれば、18日現在の拘束者総数は12962名にのぼる。
 暴力集団の愚挙は続く。彼らはヤンゴンのミンガラードン郡区の1万所帯を擁する5地区を軍の所有地だと主張して、25日ブルドーザーで強制撤去を開始した。長年の居住者が多く、知り合いの作家宅や新築直後の家屋も破壊された。自殺者が3名出たという。
 The Rebel Riotは無事だろうか?フェイスブックを開くと、大胆にも25日にヤンゴン近郊で物資を配布する彼らの写真が現れた。市民と一緒に写る彼らからは、演奏中の阿修羅さながらの表情が失せ、和やかな慈愛が溢れ出ていた。暴力集団はボランティアもしばしば標的にする。首尾よくやり過ごしながら、不服従の民を励まし続けてほしい。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。