犬物語

2022年11月1日

 どこを歩いても犬に会う。殺生を嫌う仏教徒の慈悲に生かされた野犬たちだ。山岳地帯の犬は毛足が長いせいか愛嬌もある。一方平地部の犬は痩せて傲岸不遜だ。生かされたことへの謝意も薄く、雰囲気の異なる人間に攻撃的だ。彼らに襲われ病院に駆け込んだ教え子たちも数知れない。わたしでさえ早朝のヤンゴンで彼らに囲まれた。近くの人が追い払ってくれたが、あとで気が付くとワンピースの端が食いちぎられていた。
 彼らにしばしばなぞらえられるのが、国軍という名の利権的暴力集団だ。2021年1月の政権簒奪事件以後、風刺漫画にも犬の登場回数が増えた。「あいつらと一緒にされたくないよな」と本物の犬たちがぼやく漫画も見かけた。いつから犬が暴力集団を表す隠語になったのだろう?「マウン・ターヤの短編以来ですね」と、作家K2は言う。
 有名作家マウン・ターヤ(1930-2016)は、88年民主化闘争挫折の翌年、愛犬家が犬を語る3短編を書いた。うち2編は6月と7月の雑誌に掲載された。描かれた犬の生態が暴力集団を連想させたため、作品はひそかな人気を博した。3作目で彼は、人間を愛さず野犬を溺愛し、広大な屋敷で定刻に地域中の野犬を招じ入れて餌をふるまう老夫婦の奇行を描き、そのゆえんを夫婦が第二次大戦中犬に命を救われた恩義に求めた。それは、日本軍と当時存命中の権力者との関係をも彷彿とさせた。これを読み解いた検閲局が同年9月に彼を召喚して、以後の小説執筆を禁じたという。93年に10年ぶりに会った彼はそんな話をして、わたしに3作目の原稿を進呈してくれたのだった。1999年、彼は国外へ亡命した。
 ところで、犬と呼ばれる集団の一員だった男を描く短編ドラマ「歩まなかった道」(45分)が解放区で制作された。5言語の字幕入りで、10月から15か国で上映されている。日本では名古屋、大阪、東京で大盛況のうちに上映が終わり、近く福岡や静岡でも上映される。入場料2500円は民主化闘争支援に充てられる。作品の原題は「飲まなかった苦い雨水」だ。
 「苦い雨水を飲む」とは、長いものに巻かれて付和雷同することをいう。「困難に遭っても安易な道を行かず、信念の命ずるままに歩む人々を念頭に置いた」と、監督のコウ・パウ(50歳)は語る。物語はジャングルの駐屯所を舞台に政権簒奪事件の少し前から始まる。民主化闘争が起こり、参加者をテロリストと見なしていた将校が、町に住む妻の説得で葛藤の末、妻子ともども解放区へ逃れ、PDF(人民防衛隊)の指揮官となるまでが描かれる。つまりこの作品は、犬と呼ばれる集団の中で、「苦い雨水を飲まなかった」男の再生の物語だ。民主化闘争の高揚や残酷な弾圧の映像記録を巧みに挿入しながら、ジャングル生活のリアリティーも丹念に編み込まれる。
 インタビュー記事によれば、監督はマンダレー地域南部のピョーボエー市出身で、1995年に脚本家として出発した。その後俳優としても400本の映画とビデオに出演し、監督として200本のビデオと20本の映画を撮った。民主化闘争に参加して暴力集団から手配されたが、「最後まで戦い抜くと決意した。後ろは振り返れない」と、家族を置いて解放区に逃れた。活動にのめりこみ、本職を忘れそうになっていたとき、知人たちの勧めでまた映画を撮る気になった。政権簒奪事件から1年半が過ぎていた。以前のような悲喜こもごもの映画は撮りたくない。元兵士や元警官と語るうちに、「一人の兵士が人民の側に立とうと決意するまでや、その人間性を描きたくなった」という。
 カメラマンもクルーもいない。撮影から編集や音響までiPhone11を用いた。編集とテロップは知人の助けを借りた。出演者にはPDFの若者や元兵士を起用した。少し手間取ったのは、暴力集団の軍服の入手だった。戦死者や逮捕者の軍服を苦労して集めたという。検閲の介入もなくのびのび制作できたことに満足して、彼はすでに次回作に取り組んでいる。
 さて10月23日夜、北部のカチン州でKIO(カチン独立機構)創設62周年祝賀コンサート開催中、暴力集団が会場を空爆した。KIO報道官によると、死者63名と負傷者61名が確認されたが、行方不明者が多く、死傷者は今後増える見込みという。内外から強い批判の声があがった。フェイスブックにはカチン族の旗を掲げて哀悼の意を表する投稿も増えた。必ずしも足並みの揃わなかった少数民族軍もこぞって非難声明を出した。KIO議長は声明で、「まもなく大きな動きがある」と語った。彼らの言うように闘いが新しい局面を迎えるとすれば、犬たちも自らの墓穴の掘り方を学習しておかねばなるまい。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。