
2026年6月23日
「今日は薔薇を売るのは禁止だって、花売りから聞いた」「笑うしかないね」わたしたちがそんな会話を交わしたのが6月19日。居所も生死も判然としないアウンサンスーチーの81歳の誕生日だ。それでもヤンゴンでは、花の価格がうなぎ上りだったという。
その少し前から世界各地では、薔薇を供える、髪に挿すなどのローズ・ムーブメントが始まっていた。SNSも、そうした写真や動画に溢れた。国内の解放区では、彼女の誕生会、植樹祭、マラソン大会、デモ行進なども行われた。KIA(カチン独立軍)支配下の医科大学での祝賀会、AA(ラカイン軍)副司令官やTNLA(タアン民族解放軍)の祝意も見られた。
薔薇を挿した通行人や、花売りや、薔薇の運搬人らが、早速逮捕された。今後はSNS投稿者の逮捕も増えるだろう。いかさま政府は、SNSを24時間体制で監視すると豪語した。それは、5年間沈黙を続ける81歳女性に対する、彼らの尋常ならざる恐怖と憎悪を物語る。
それに先立つ8日、『アジア・タイムズ』の評論は、いかさま政府の実効支配地域が国土の21%、革命勢力や少数民族武装組織の支配地域は42%で、残る国土は紛争・戦闘地域だとの見方を紹介した。評者はほかに、ラカイン州でのAAによる行政状況にも言及した。そして、「国軍」の空爆への過度の依存は、そのぜい弱さの表出だと主張した。
相変わらず空爆は待ったなしだ。たとえば5日だけを見ても、マンダレー地域、カチン州、カレンニー州への空爆で、住民9名が死亡し、20名が負傷している。空爆もさることながら、中部における残虐行為にも目を覆いたくなる。5月末にマグエー地域ミッチェーに駐屯した「国軍」が、殺戮と放火を繰り返した。住民多数は避難していたが、体調不良で身動きできない者や所用で戻った者が被害に遭った。「国軍」退却後戻った住民たちは、1000棟の焼失住宅と50体の遺骸を確認した。それでも、ラカイン州やマグエー地域の戦闘における「国軍」死者は多数に上る。彼らの基地は、連日葬儀や法要に追われているという。
兵員補充に向け、若者拉致による強制徴兵も横行中だ。SNSには、行方不明となった若者の写真が連日流れる。11日には、ザガイン地域モンユワー市で70名が拉致された。当局は一人1000万チャット(76万円)の身代金を家族に求め、支払えない家庭の若者を徴兵した。行政末端は、このような徴兵ビジネスで潤っている。
一方、「国軍」総司令官だったいかさま大統領は、1日にインド首相を、16日には中国国家主席を訪問した。彼の帰国を空港で大歓迎するために、公務員のみならず、芸能人多数がヤンゴンから首都に動員されたという。
時を同じくして、米国籍男性2名の不気味な拘束事件も生じた。一人目は、3日に中国の学術機関の招待で昆明を訪れた研究者ミンズィンで、到着直後に身柄を拘束された。中国の国家安全保障に危害を加えるスパイ活動に関与した疑いがあるという。彼は1988年のビルマ民主化闘争に高校生として参加し、その後出国して米国籍を取得。カリフォルニア大学バークレー校の政治学博士課程に在学中だ。タイに拠点を置くミャンマー戦略政策研究所(ISP-Myanmar)の事務局長も務める。彼は、ミャンマーにおける中国の政治的経済的影響についても研究していた。彼の論調がアウンサンスーチー率いるNLD(国民民主連盟)に批判的だったことから、この拘束を市民は冷静に受け止めている。
二人目は、ヤンゴンで民間セキュリティ会社AGS Myanmarを経営する実業家アダム・カスティージョで、12日にクアラルンプールからヤンゴン空港に戻った直後に拘束された。不正な金融取引の調査の一環として拘束されたというが、近著『Finding Our Voice』の内容に問題があったとの声も聞く。もしもそうならば、二人の拘束は、学術研究や言論出版の自由の権利への侵害にあたるだろう。
情勢は混迷を極める。中国人ならず者集団が、タイ国境地帯からヤンゴン郊外に特殊詐欺拠点を移したとの情報もある。中国官民の影は、これからもさらに濃く忍び寄るだろう。「鋼鉄の薔薇」(本便り24年6月28日参照)の刑務所から住宅への移送(便り26年5月22日)も、中国の指示だと囁かれる。彼女の生殺与奪の権も中国の手中にあるのだ。彼女の「解放」は、彼らを利する場合にのみ起こりうる。彼女が「解放」されないのは、彼女がいまも、彼らの意に沿わない強力な意志を持って生き続けているためではあるまいか。
南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。