彼女は生きているのか

2026年5月22日

 女性作家Kも我が知恵袋のひとりだ。わたしがSNSでシェアした記事を、「偽情報だよ」と教えてくれる。最近それが頻繁に生じた。Kによれば、ロシアで訓練された「国軍」将校たちが24時間体制でSNSに張り付き、革命派を装って様々な偽情報を発信するらしい。折しも4月20日から、アウンサンスーチーの次男キムによる母の生存の証明を求める運動が始まり、世界各地で展開中だ。運動から注意をそらすためにも、ゴシップや偽情報が拡散される。偽情報をシェアすれば「奴らの一味だと誤解されるよ」と、Kは心配してくれる。 
 いかさま選挙で発足したいかさま政権は、4月30日に恩赦で、アウンサンスーチーの刑期の残り20年(本便り26年4月22日参照)をさらに3年減刑した。彼らはまた、すでに19日に彼女を首都の刑務所から軍人家族居住区に移送したと述べた。5月2日、彼女が客間で軍人や警官ら3名と「歓談」する映像が流れた。また独立系メディアは同日、4月25-26日に首都を訪れた中国外相が彼女と面会したと報じた。彼女の弁護士たちさえ面会がかなわないにもかかわらずだ。
 彼女の移送は中国の意志だと囁かれる。中国は昨年来シャン州北部で、革命勢力パラウン族のTNLA(タアン民族解放軍)とコウカン族のMNDAA(ミャンマー民族民主同盟軍)に停戦を求め、両軍の小競り合いにも昆明で協議の機会を与えた。現在MNDAA支配地域には中国車両が多数出入りし、中国語表示も増加中だ。TNLAは、前総司令官の「大統領」就任に祝意まで送っている。アウンサンスーチーの生死が内外の関心を集めている隙に、シャン州北部で権益拡大を着々と進める中国は、偽情報を拡散するいかさま政権より一枚も二枚も役者が上である。
 アウンサンスーチーを民家に移送しても、5月8日のアセアン首脳会議は、いかさま政権「大統領」の出席を容認しなかった。一方SNS監視体制の「効果」か、4月23日に高名な作家ティンニュン(71歳)がヤンゴンの自宅で、刑法505条a違反で逮捕された。言論、抗議活動を厳しく取り締まる同法では、最長で禁固3年が科される。きっかけはオンラインショップだ。彼の3冊の評論集『将軍たちを僕は欺いた』(2014)『犬の調教師ガ・ター』(2019)『タンシュエー氏の厄除けその他興味深い事情』(2020)が売りに出された。販売した女性は、無免許だったとして逮捕された。出版したティンニュンの息子も逮捕された。ティンニュンは、ノンフィクションを中心に書籍多数を出版し、トゥン基金から『青年と思考』で2011年に青年文学賞を、『民主主義パラダイム』で2012年に政治文学賞を受賞した。自らの体験をまとめた『学校教師の記録』は、2017年国民文学賞を総記部門で受賞している。
 早速SNS上に抗議の声が上がった。ティンニュンが4月16日に投稿したエッセー「下流知識人」もシェアされた。「真実を知り、それを目のあたりにしてなお、愚者は嘘を信じる」「如何に嘘で塗り固めようと、真実が消えることはない」など、軽妙な会話文体の中に含蓄ある箴言がちりばめられる。問題の書籍は民政期(2011-20)の出版だ。過去の出版物に遡れば、出版関係者逮捕の口実は山とある。次の犠牲者が出ないことを祈るばかりだ。
 虚実ないまぜのSNSの大海から事実を掬い上げ、日誌を作成し、本稿を書いてきた。たしかに「国軍」死者は、革命軍死者数をはるかに凌ぐ。たとえば5月3日のそれは、カレン州60、マンダレー地域37、バゴウ地域5、マグエー地域3、合計105名だ。捕虜や投降者も少なくない。4月に徴兵一期生が2年の任期を満了したが、帰還者は5155名中200名だったという。一見革命軍が優勢にみえるが、執拗な空爆で「国軍」は失地回復中だ。国内避難民は450万にのぼる。革命軍内の不祥事(便り26年3月23日)も散見される。NUG(国民統一政府)防衛大臣は5月5日、一部地域で人民の信頼を損ねる過ちがあったと認めた。革命は転換期にさしかかったようだ。まもなく厳しい雨期も来る。ザガイン断層(便り25年4月25日)も動き続ける。19日、断層南端のヤンゴンが震度5に揺れた。同日、NHK報道番組が、いかさま政権を「新政権」と呼んだことから、SNSに在日ビルマ人の抗議が溢れた。NHKが、ティンニュンのいう「繰り返される嘘を信じる愚者」になり果てたのなら、受信料の支払いも考え直さねばなるまい。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。