
2026年4月22日
詩人Sから詩集『涙の町の一市民』(2026年2月発行)が届いた。以下が表題作だ。
新しい涙の町が ひとつまたひとつ 身をこごめ拾うものとて 涙以外はない世界 苦難たちがたわわに垂れる樹下に 苦難の果実以外はない その栄養分とて 焦土の砂漠もどき以上のものはない 憂いの棘に刺され 毒が回り世を去るまえは 憧憬のみがこの身を運ぶ 25年3月2日(p.35)
彼の前作『苦難伝』(23年5月)(本便り22年10月23日、同23年4月1日参照)には、1999年から21年までの31点が収められた。新作には、04年から25年までの18点が英語訳と挿絵付きで収まる。04年07年15年20年の4点は雑誌からの転載で、うち3点が死んだ詩人へのオマージュだ。残る14点の未発表作品中、10点が21年2月の「国軍」の違法な政権簒奪後の作だ。前作以上に深憂と悲憤が押し寄せ、死の匂いと予感に満ちるが、不思議な動力も底を流れる。「ひとは、涙の町の市民どころか、涙の地球の市民となっている」(p.15)と、Sは序に書く。この5年で涙の町は地球規模で激増した。
出版者の詩人Mは序で、ビルマ語詩の潮流における70年代世代と彼ら90年代世代を比べながら、「詩のために生きる中で、詩は自分の一部となった。詩とは何かを問う中で、自分が何者かをも問いかけた。すべての出来事を、詩の物差しで測る日々だった」(p.8)と、振り返る。検閲強化で小説が撤退した2000年代も、詩人は不屈の粘りを示した。いま長期化する未曽有の革命の中で、続々と果実が生み出されるのも不思議ではない。
3月21日の「世界詩歌記念日」には、各地で詩人たちがひっそりと集った。詩人M5(本便り25年1月31日)からは、この日にビルマ語俳句集『最後の星の下で』を出版したと知らされた。同書にわたしが序文を送った直後の昨年3月28日、大震災が起きた。震源地近くに住む彼に、出版の進行状況を尋ねるのも、はばかられた。どうやら自力で惨状を脱したらしい。彼らは21日から25日までヤンゴンの画廊で、出版記念絵画展を行った。落ち着いた色調の40枚のモダンな水彩画に、40編の俳句が手書きされる。瀟洒な句集が生まれたようだ。
3月30日、NUG(国民統一政府)臨時大統領は、SCEF(連邦民主主義国家樹立推進評議会)の結成を宣言した。傘下にはNUGとCRPH(連邦議会代表委員会)のほか、KIO(カチン独立機構)KNU(カレン民族同盟)KNPP(カレンニー民族進歩党)CNF(チン民族戦線)を擁する。2008年憲法廃止、新たな連邦民主国家樹立などの6政治目標をかかげる。かたやいかさま選挙の結果を受けて4月10日、「国軍」総司令官は「大統領」に就任した。アムネスティ・インターナショナルはすでに3日、「軍の最高司令官として数多くの重大な国際法違反を指揮してきたとして責任を問われている人物が、文民の公職に就けば訴追を免れると考えているなら、それは国際司法のあり方ではない」と述べている。
さて今年の水祭は13日から16日。賑わいを演出して、首都ネーピードーやヤンゴンでは公務員も動員された。その合間を縫って若者たちが徴兵目的で強制連行された。空爆は連日続いた。明けて新年の17日、4335名が恩赦で釈放され、うち政治囚は160名余だった。その中には21年2月に拘束されたウィンミン大統領や、23年10月に逮捕されたドキュメンタリー映画監督シンデーウィー(便り25年11月21日参照)の姿もあった。NHKが早速「元大統領ウィンミン釈放」と報じた。ところが、国連のDGACM(総会・会議管理局)が16日に発表した各国元首・外相名簿にはウィンミン大統領、アウンサンスーチー外相の名が記載される。国連は「クーデター」前の政権のみを正統な政府として認めているのだ。アウンサンスーチーは刑期が20年に減刑されたが、所在も生死も不明のままである。
南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。