
2026年8月25日
「屋台のモヒンガー(本便り2023年3月1日参照)が買えなくなった」と、雨期のヤンゴンで主婦がぼやく。8月8日頃から市街地で下痢患者が多発していたが、重症者の中にコレラ患者が発見されたのだ。コレラは、菌に汚染された生水や食物の摂取で発症する。13日の時点で死者は1名だったが、当該地区の露店や屋台は当分営業禁止となった。
8日は「四つの8」(便り24年8月30日)38周年記念日でもある。ビルマ数字の8は、視力検査で下に切れ目が入ったランドル環に似る。8を大きく描いた傘を4名が並んでさす「傘デモ」が、呼びかけられた。当日世界各地はもちろん、ヤンゴン某所にも傘が並び、道路際でもプロジェクターが壁に傘の映像を映し出した。
88年民主化闘争の記憶は薄れず、拡大再生される。ヤンゴン郊外の中国資本縫製工場でもいくつか争議が起こった。4日にはS社135名が職場放棄して賃上げ要求し、12日に要求5項目中4項目が妥結した。15日にはC社で、7月25日に退職を強要された労働者が不当労働行為を訴えた。18日、M社700名が賃上げ闘争中と報じられた。
さて7月29日は、太陰暦のビルマ暦4月ワーゾウ月の満月日にあたった。翌日から3か月、ビルマ仏教徒は雨安居(うあんご)期間(便り25年10月24日)に入った。出家は寺を離れず修行に勤しみ、在家は慶事を慎み積徳に努める。しかし空爆は容赦ない。8月19日、カレン州の僧院で4歳児と僧侶が、21日はザガイン地域の瞑想寺院で僧侶を含む14名が即死した。後者では、100名以上の市民が瞑想修行中で、2発目の250ポンド爆弾は救助活動中に撃ち込まれた。仏教徒でありながら殺生戒を破る爆撃者たちは、信仰心とどのように折り合いをつけているのか、尋ねてみたいところだ。
雨安居期間には、大規模水害(便り24年9月27日)もついて回る。今回もとくにエーヤーワディー地域が深刻で、ザガイン地域やラカイン州がそれに続いた。21日現在、130万が被災して避難者は62万。死者は38名にとどまるが、増加の模様だ。ザガインとラカインは革命勢力支配地が多く、独自の救援・医療活動が続く。いかさま政府は形ばかりの支援で、救援物資搬入への妨害や救援隊員の逮捕に余念がない。彼らはザガイン地域の水害地まで空爆し、17日18日には2名が死亡、12名が負傷した。
16日、そのザガイン地域の陸上戦に新兵の8割が投入されていると記された機密文書が出回った。新兵は4か月の訓練で前線に出る。3日から、第27期の訓練が定員割れのまま始まったが、第28期募集に向け、都市部で強制連行や拉致が頻発中だ。息子の行方不明を嘆く母たちの映像も、しばしばSNSに流れる。
20日、ヤンゴンの男性がSNS投稿で逮捕された。彼は、アウンサンスーチーが2015年8月に水害現場に舟で入った写真と、今回いかさま大統領が機上から水害現場を「視察」している写真を並べ、15日に投稿していた。いかさま大統領は水害そっちのけで、タイ、ロシア、ベラルーシ等歴訪に傾注している。彼らが3日に、アウンサンスーチーとICRC(赤十字国際委員会)ヤンゴン事務所代表との会見写真等を公表したのは、6日の「大統領」タイ訪問を慮ってのことだろう。ともかく、彼女が生きていたことはきわめて喜ばしい。アセアンは早速7日の議長声明で、彼女の「完全かつ無条件の解放」を求めた。8日、いかさま政府はこれを「内政干渉」と批判した。
一方、3月にNUG(国民統一政府)が結成したSCEF(連邦民主主義国家樹立推進評議会)(便り26年4月22日)は8月10日、軍事合同委員会議長にKIO(カチン独立機構)KNU(カレン民族同盟)各指導者を、同書記長にNUG防衛大臣を選出した。その後彼らは、国内各種軍事組織や在外ミャンマー人やアセアン等と会見を重ね、国内各支配地で彼らの行政、治安、司法が機能している様を説いた。
いつにも増して長く思える今年の雨安居が、音を立てながら過ぎてゆく。
南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。